バレエコンクール審査員は何を視るか?

今日のティアラ☆

TC-016:ダイヤレーン/フラットバック
CB-006:同上
軽銀仕様です。
何故だか関西で依頼されることが多いデザイン。このティアラのおかげで好みの地域性ってあるのかもしれないと思い始めた一品。



通常の休みと同じで子ども達が家にいると何やかや仕事が増えます(;´Д`)
少し何か加わるとバタバタです。さすがに疲れてまた連続で休んでしまったけど、とにかくブログエディタ―を開く!
(以前ダメだったのはこの画面からの逃避を許すからだったのね(^^;)

とりあえず開けば書ける、、、うん。

さて、ティアラのバランスを考えるための資料作りをゆっくり進めております。(一昨日昨日はそれも休んじゃったけど爆)


早速ご協力くださった皆様、ありがとうございます。類似の条件のものを一緒にアップしておりますが、こんな感じで他の人には特定されにくいようにしているつもりですが、どうでしょうか。

とりあえず100枚までは描くことに集中して、描き次第ツィッターFBページにアップ(FBページはアルバム「シルエットで見るティアラのバランス」で一覧で見ることができます)
100枚たまったら、このHPで条件で絞込検索できるようにするつもり。思っているようなものができるといいのだけれど、、でもいずれにしても絵が無いことには始まりませんから、とりあえず今は焦らずどんどん描いていくことに集中します。

で、今日のタイトルの「バレエコンクール審査員は何を視るか?」ですが、もちろん私がそんなこと知っているわけがありません。(地方のバレエ教室で生徒であった時にコンクール数回エントリーしたぐらいの実績しかありませんから爆)

資料の入手先は主にYoutubeを使っているのですが、どうしても特定のコンクールの動画が多く、それを見る限りネット上でバレエティアラとして紹介されているタイプのものの使用率はあまり高くなさそうだな~と感じていて(ハンドメイドのティアラを売る人が増えたのはここ数年の事なので変ではないかもしれないとも思うのですが)だとすればコンクールで衣裳や装飾品はどのように評価されるのか知りたくなって、
それでこの本をとうとう買ってみたのだけれど、これが良かった\(^o^)/という話をしたかったのです。







↑この本です。

著者の先生が審査員を務めるコンクールにエントリーする人や関係者なら、手に取らずにはおれないタイトルでしょ(^^;

でも、私は関係者じゃないし、コンクール受けするティアラというより、お客さんが欲しいティアラを作りたいという方針だから対象読者層と違うかな、、って思っていたのだけれど、実際読んでみたらどうしてどうして、なかなか辛辣で、でもあるあるな評が随所にあるので面白かったのですよ。

例えば私的に一番やられたのがこれ。

どうして不思議な表現をするのか。例えばオディールやエスメラルダのヴァリアシオンでの京劇のような顔つきと表現がとても気になる

京劇( ゚∀゚)・;'.、グハッ!!
そりゃアンタ、、、目力を表現したいんだよ!強い女なんだよ!
これは著者の安達先生の言葉ではなくて、海外審査員の日本人エントリー者に対する見解の中の1節ではあるんですが、、、
歌舞伎と言われないだけまだマシなのか?審査員にはそんな風に見えるのかい?(身に覚えのある者として刺さったわ)

他にも、審査員と出場者もしくは指導者の「良い」と思うところのずれがあるんだろうなと思わせることが色々書かれていて(それだからこういう本を書かれたのでしょうが)お手本と思っていたものがお手本ではないことも多いんだなと、何とも言えない不安な気持ちになりました💧

グランパ・クラシックのバロネが60度以上に上げないのが原則とか言われても、、今それコンクール本番で忠実にやって本当に評価されるのか、とか不安になりません?(;^ω^)
(安達先生は高く上げてはいけないと言われているわけじゃなくて、本来はそうであるので、無理に足を上げて前に進めないとか本末転倒なことにならないようにというニュアンスで例に出されているだけなので誤解無きよう。
ただあまりにも市民権を得てしまっているようなものについては、原則に忠実であろうとしたためにプラスどころかマイナス評価にされてしまったというようなこともでてくるんじゃないかというのが正直な気持ちだという意味)

それでも読んでよかったです。
バレエがスポーツではなく芸術であるということを分かっているつもりではあったけれど、文章として書かれたものを読んで、何か漠然と理解していたことが明確になったという気がする。

やっぱり役柄の理解は大切なんだと。
それだけ見れば美しく技巧的でどんなに魅力的に見えたとしても、その役としてどうなのかということを判断するためには踊りはもちろん、衣裳や頭飾りにおいても解釈が必要で、それも型を無視するような好き勝手なものではいけない。

でも分かっているつもりでも実際には簡単なことではないんです。

バレエのティアラというほんのわずかな部分にすぎないジャンルにおいてすら、専門にやろうとすると、(バレエではなく)ティアラという作品の魅力を高めることに熱心になってしまう。

どのティアラを使うかはお客様がお決めになればいいことではあるのだけれど、ネットで自分のところを探し当ててもらうためには他より人目を集めなければならず、より豪華に、より技巧的に、オリジナルと言えるようなものがちゃんとあって、、とどんどん「発展」する。

でもそれは果たしてティアラのプロとして良い仕事をしていると言えるのか?
少なくともそういうティアラも作るけれど、コンクールではこの演目にこういうティアラを使ってはいけない、とティアラ屋自身がお客様の選択を止める助言をしたり、的確なアドバイスができなければならないのでは?

おそらくそれができてないから、この本に海外審査員の見解として書かれている

・日本人の選ぶ衣裳は、おおむね奇抜すぎるし色も派手すぎる
・なかには役に合わない衣裳や、頭飾りをつけている人が少なからずいる

というような評になってしまうのじゃないかと、感じました。

確かに、前の記事で書いたように海外コンクールと国内コンクールでティアラの傾向が違うのです。
国内のコンクールは日本独自のバレエ文化として海外のものと同じでなくても構わないと思うので(私はガラパゴス化自体は別に悪いと思わないタイプ)違ってても一向に構わないと思うけれど、
日本国内でプロとして食べていけずに海外に行くしかバレリーナとして働く道が殆ど無いのであれば、独自のバレエ文化と言えるようなものが日本にあるとは言えないし、自分たちの気に入る部分だけガラパゴスを貫くべきではないと思うのです。

安達先生は「特殊な発展を遂げてきた日本においては、理論と感覚のバランスを海外と異なった比重で仕上げることもあながち間違いではないと思っている」「日本人は本質的に“型の文化”を吸収し創造するに十分な伝統的精神を保有している」という日本の良さを生かすバレエ教育のあり方を認め、全てにおいて外国倣えでなくてもよいというお考えで、それが日本のバレエ教室単位の独自性に繋がってるのかなと思うのだけれど、、

ここにきて危ういと感じるのは、手に入れられる情報が多くなって選択肢が増えたことにより、そもそも先生が前提とされている「型」がぼやけてしまった、あるいは新しいものに上書きされて元が見えなくなってしまったか。
いずれにしても何が変わってよいもので何が変わってはいけないものなのかが分からなくなってしまっていると思うのです。
私自身、自分の作るティアラに今一つ自信がもてないのもそういうことではないかと。

コンクールというのは、審査員の深いバレエ理解によって「変えてはいけない型」を伝える機会なのだと思う。安達先生だけではなく、他の審査員の先生方にも「何を視るか」聞いてみたいです。
ダンサーだけでなく、バレエに関係する仕事をする全ての人が学べる機会がもっとあったらいいのになぁ。

安達哲治先生、本を書いてくださってありがとうございました。



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